ジョセフ・ジョン・タイラー
技師から埃及学者、墓制芸術複製を先駆。
ジョセフ・ジョン・タイラーは技師かつエジプト学者で、1851年2月1日にストーク・ニューイントンで生まれた。彼は真鍮鋳造師兼地質学者のアルフレッド・タイラーとイザベラ・ハリス(ともに友会〈クエーカー〉の会員)の長男であり(兄弟は息子2人、娘4人)、人類学者のエドワード・バーネット・タイラー卿は彼の叔父であった。ジョセフはトッテナムのグロヴ・ハウスという友会の学校で教育を受けた後、1868年6月にロンドン大学に入学し、その後工学に転じ、1868年から1870年までシュトゥットガルトの工科大学で学んだ。 帰国後、彼はヨークシャーのボーリング製鉄所に入った。1872年2月、彼は祖父のジョン・テイラーによって設立された家族企業「J. Tylor & Sons」(真鍮鋳造業者、所在地:E.G. ニューゲート通り2番地)のパートナーとなり、1884年に父が死去するとシニア・パートナーとなった。1877年5月1日、彼は土木学会准会員(A.M.I.C.E.)に選出され、特に水力メーターに関連する多くの成功した発明の特許を取得した。政治的には自由主義者であり、1882年に義兄のウィリアム・リーサム・ブライトおよびアーサー・ウィリアムズとともにナショナル・リベラル・クラブの創設に関与した。 1891年、健康の悪化により彼は職業を続けることができなくなり、健康回復と新たな活動の場を求めてエジプトおよびエジプト学に転じた。ここで彼は、墓や寺院の古代彫刻や絵画の図像的複製を試みた。彼の手法は、(しばしば形状や表面が不規則な)壁面を張った糸で等しい区画に分割し、これらを歪みなく写真撮影してネガを拡大し、薄く印刷することであった。その後、主要な輪郭を鉛筆で強調し、原本の損傷や汚れなどの欠陥を取り除き、その結果を出版用に再撮影した。 サマーズ・クラーク氏と協力し、タイラーは上エジプトのエル・カブを研究の場として選び、「エル・カブの壁画と記念碑」を総題とする一連のモノグラフを開始した。個別のモノグラフは以下の通りである:「パケリの墓」(1895年)、「セベクネクトの墓」(1896年)、「アメンホテプ3世の神殿」(1898年)、および「レンニの墓」(1900年)。 彼は1901年4月5日、アルプ=マリティーム県ラ・テュルビーの冬の別荘ヴィラ・ラ・ゲリットで死去し、ボーリューに埋葬された。彼は1887年9月15日にマリオン(1889年没)と結婚した。マリオンはジョージ・ヤング卿[補遺II参照]の三女であり、二人の間にはアルフレッドとジョージ・カニンガムの二人の息子がいた。
Artworks by this artist
- Sebeknekht is showing, represented as leaning on his staff, looking out upon the various operations in the fields 1896
- Various processions 1896
- Funeral procession of Sebeknekht, showing two oxen, two dancing buffons, etc. 1896
- Sebeknekht and his wife seated on a couch of ivory inlaid with ebony 1896
- Wall drawings and monuments of El Kab. Sebeknekht 1896
- The scenes and inscriptions on the front wall of Sebeknekht’s tomb chamber 1896
- Outdoor sports and occupations; Sebeknekht bending his bow, two ploughmen ploughing with oxen, the sower, etc. 1896
- A scene representing the worship of Ptah, various tools and manufacturing processes, etc. 1896
- Funeral procession of Sebeknekht (continues). Includes the scenes of the musicians and the preparations for the banquet 1896
- On the left we are shown Sebeknekht and his wife, seated. To them come a numerous concourse of relations, friends, and servants 1896
- Funeral procession of Sebeknekht 1896