ウィリアム・ウォレス・デンズロー
オズ挿絵画家と漫画の先駆者
ウィリアム・ウォレス・デンスロー(William Wallace Denslow)は、アメリカのイラストレーターおよびカリカチュアリストであり、特に作家L・フランク・ボーム(L. Frank Baum)との共同作業、とりわけ『オズの魔法使い(The Wonderful Wizard of Oz)』の挿絵で知られている。デンスローは政治に強い関心をもつ社説漫画家であり、それが『オズの魔法使い』に対する政治的解釈を後押ししてきた。 デンスローはフィラデルフィアで生まれ、ニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインおよびクーパー・ユニオンに短期間在籍したが、ほとんど独学で絵を学んだ。1880年代、彼はアメリカ合衆国各地を画家および新聞記者として旅した。1893年にシカゴで開催されたコロンブス万国博覧会に参加するためにシカゴを訪れ、そのままそこに定住することを決めた。デンスローは当初ポスター画家として評価を得た。また、書籍や蔵書票のデザインも手がけ、ロイクロフト・プレスで働くよう招かれた最初の画家でもある。 デンスローは、シカゴ・プレス・クラブでバウムと出会った可能性がある。二人ともそのクラブの会員だった。『オズの魔法使い』以外にも、デンスローはバウムの『キャンドルabraのきらめきにて』(By the Candelabra's Glare)、『ファーザー・グース:ヒズ・ブック』(Father Goose: His Book)、および『メリーランドのドットとトット』(Dot and Tot of Merryland)の挿絵も手がけた。バウムとデンスローはこれらの作品のほとんどについて共同で著作権を保有していた。 1902年の『オズの魔法使い』の舞台劇版(脚本はバウムが書き、デンスローがセットと衣装をデザインした)の印税配分をめぐってデンスローがバウムと対立した後、バウムは彼との今後の共同作業を断念した。(共同著作権者として、デンスローはバウムおよび作曲家のポール・ティーエンスと印税を等分することを要求した。)デンスローは伝統的なマザーグースの歌を収録した『デンスローのマザーグース』(1901年)や『デンスローのクリスマス・イブ』(1902年)、さらに全18巻からなる『デンスローの絵本』シリーズ(1903–04年)の挿絵を手がけた。また、バウムの著作に登場するキャラクターのアートに対する自身の著作権を活用し、20世紀最初の10年間に「ファーザー・グース」や「かかし」「ブリキの木こり」を主人公とする新聞コミック・ストリップを制作した。さらに、主人公が何らかの超能力を持つ初期のコミック・ストリップの一つとして知られる『ビリー・バウンス』も制作している。 『オズの魔法使い』の印刷版および舞台版から得た印税収入は、デンスローがバミューダ諸島のブラック島を購入し、「デンスロー1世王」として即位するのに十分なものだった。 デンスローは『真珠とカボチャ』という児童書を執筆・挿絵付きで制作した。
Artworks by this artist
- Denslow’s Scarecrow and the tin-man Pl.3 1904
- Denslow’s Mother Goose Pl 03 1901
- Denslow’s Mother Goose Pl 36 1901
- Denslow’s Humpty Dumpty 1903
- The Journey to the great Oz 1900
- Denslow’s Mother Goose Pl 33 1901
- Denslow’s Mother Goose Pl 38 1901
- The Cowardly Lion 1900
- The wonderful Wizard of Oz Pl 5 1900
- Denslow’s Scarecrow and the tin-man Pl.4 1904
- Away to the South 1900
- Chapter XX 1900
- Denslow’s Mother Goose Pl 15 1901
- Denslow’s Mother Goose Pl 34 1901
- The Queen of The Field Mice 1900
- I am the witch of the north 1900
- An Arkansas Planter
- The Majic Art of the Great Humbug 1900
- The Eyes looked at her thoughtfully 1900
- The branches bent down and twined around him 1900